平成多国籍時代

戦前にも外国人力士が大相撲の門をくぐったことがあったが、幕内になったのは昭和19年5月に入幕した米国コロラド生まれの日系二世、豊錦(出羽海)ただ一人である。
豊錦が日系二世であることから考るると、外国人力士のパイオニアは高見山であり、高見山の幕内優勝に刺激され、超重量級の小錦が大関の座を獲得、これを土台に曙、武蔵丸が横綱に昇進したが、後が続かずにハワイ勢は姿を消した。
モンゴル相撲の天下
そんな中で昭和49年11月に南太平洋のトンガ王国から数人の若者が朝日山部屋に入ったが、師匠の死後、移籍をめぐるトラブルで廃業している。 平成4年には大島親方がモンゴルまで出かけ、6人をスカウト、同年春に初土俵を踏んだ。ところが、言葉や風俗の違いから、半年後にはモンゴル大使館に逃げ込み、帰国してしまったが、大島親方の説得に応じて旭鷲山、旭天鴨、旭天山が踏みとどまり、先達の役割を果たした。 旭鷲山、旭天鴨の活躍が呼び水になり、続々とモンゴル力士が入門、東西の横綱に朝青龍(あさしょうりゅう)、白鵬が君臨、幕内の力士数では相撲王国の青森を抜いてトップに立った。 しかし、一人横綱で頑張ってきた朝青龍が19年名古屋場所後、病気をめぐるトラブルで大きな騒動になったのは、単なる文化の違いとはいえないものがあった。 モンゴル以外では東欧勢の活躍が日立ち、ブルガリア出身でレスリングの経験者琴欧洲が先陣を切って大関に昇進、ロシア、エストニア、グルジアと多士済々、怪物把瑠都(ばると)の青い目の横綱も夢ではない。 また韓国では元シルム相撲の王者春日王がいる。幕下以下には、中国やカザフスタン、トンガ、チェコ、ハンガリー、ブラジルなどの関取予備軍が控えている。これに対して本家である日本人の中からも琴奨菊、稀勢の里、豊響、豪栄道、栃鳩山らの将来性豊かな力士が続々と登場してきているので、日本人力士対外国人力士の出世競争も見逃せない平成の大相撲である。

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